大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ネ)524号 判決 1982年4月27日

控訴人 甲野太郎

被控訴人 乙山春子

右訴訟代理人弁護士 鈴木芳喜

主文

原判決中、控訴人に対し、金四〇万円及びこれに対する昭和五五年六月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を取り消す。

右部分に関する被控訴人の反訴請求を棄却する。

その余の本件控訴は棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金七〇〇万円及びうち金五〇万円に対する昭和五一年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(当審において請求を減縮)

3  被控訴人の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行の宣言

二  被控訴人(当審における第一回口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた答弁書には次の記載がある。)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に改め又は付加するもののほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表四行目の「結婚しようと約束」を「婚姻する約束(以下「本件婚約」という。)を」に改め、同五行目の「結納金五〇万円」の次に「(以下「本件結納金」という。)」を加え、同四枚目表三行目の「結婚」を「婚姻」に、同八行目の「本件婚姻予約」から同裏二行目の「金員」までを「、右返還の合意に基づき、又は不当利得として本件結納金五〇万円の返還及びこれに対する本件結納金の交付の日である昭和五一年一二月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による利息金の支払を求めるとともに、本件婚約の不履行による損害賠償として慰藉料金六五〇万円」に、同四行目の「婚約」を「本件婚約」に、同五枚目表初行の「主張」を「抗弁」に、同二行目の「本件婚約」から同三行目の「存せず、」までを「本件婚約による婚姻が不成立に終ったことは、もっぱら控訴人の責に帰すべき事由によるものであり、被控訴人の責に帰すべき事由は何ら存しない。本件婚約の解消は、」に、同四行目の「結納金」を「本件結納金」に改め、同六行目の次に次のとおり加える。

四 本訴の抗弁に対する答弁。

抗弁事実は否認する。

2  同五枚目表七行目の「四」を「五」に、同一〇行目の「規定」を「規程」に改め、同裏七行目の「年五分」の前に「民法所定の」を加え、同八行目の「金員」を「遅延損害金」に改める。

第三証拠《省略》

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであるが、その理由は、次に付加し、改めるもののほか、原判決理由一及び二記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六枚目裏二行目の「婚姻予約」を「本件婚約」に、同五行目の「結婚」を「婚姻」に、同九行目の「乙第二号証」を「乙」に、同一〇行目の「原告本人尋問」を「原審及び当審における原告本人尋問」に、同七枚目裏一〇行目の「両親と相談の上」を「両親に話して」に、同八枚目表一〇行目の「ところで、原告は」を「ところが、控訴人自身は」に、同裏初行の「交際」を「深い交際を」に、同三行目の「電話をかけてくるので」を「電話をかけて、妄想的な、脈絡のない話をする等の言動を繰り返し、破談の申入を撤回せず、全く誠意のある態度を示さなかったので」に、同五行目から六行目にかけての「好転しないでいたところ」を「控訴人の態度が変らなかったため」にそれぞれ改め、同行目の「三月初旬ころ、」の次に、「控訴人の両親と仲人が相談の上、」を加え、同八行目の「申し出があった」を「申出をした」に改める。

2  同八枚目裏九行目の「被告らは」から同九枚目表八行目までを、次のとおり改める。

被控訴人及びその両親も、そのころには、それまでの控訴人の態度からみて、控訴人との本件婚約の解消はやむを得ないと考えるに至っていたので、右の申出を了承し、そのころ、控訴人から受領した本件結納金以外の結納品を仲人を通じて控訴人に返還した。当時、控訴人自身も、前記(ロ)のような被控訴人方に宿泊した際聞いたとする被控訴人の両親らの言を理由として、本件婚約を解消する意向であった。

3  同九枚目表九行目の「原告本人尋問」を「原審及び当審における原告本人尋問」に改め、同裏初行の次に、次のとおり加える。

本件婚約による婚姻が不成立に終った経緯は以上認定のとおりである。控訴人は、被控訴人が控訴人に対して本件結納金を返還する旨の合意が成立した旨主張し、《証拠省略》には右主張にそう供述があるが、右供述は、《証拠省略》に照らして採用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。また、右認定のとおり、控訴人の両親及び仲人が相談した上、控訴人の父から仲人を通じ、被控訴人側に本件結納金は返還するに及ばないとの意向が伝えられたことはうかがえるが、控訴人も同様の意思を有し、右申出を了承していたと認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり、本件婚約は、右のような経過をたどった上、被控訴人も、最終的には、控訴人の意向どおり、本件婚約を解消することはやむを得ないとの意向を固めるに至ったので、結局婚姻が不成立に終ったものであるが、以上の事実からすると、そのような事態に立ち至ったのは、もっぱら控訴人の責に帰すべき事由によるものであり、被控訴人には、何ら責に帰すべき事由はないというべきである。したがって、控訴人が被控訴人に対し不当利得として本件結納金の返還を求めることは、信義則上許されないものというべきであり、また、被控訴人の本件婚約不履行による損害賠償請求も理由がないことが明らかである。

結局、控訴人の本訴請求はいずれも理由がない。

二  つぎに、被控訴人の反訴請求について判断する。

《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和五二年六月ころから、本件婚約の解消は被控訴人側の責任によるものであるとして、被控訴人に対し電話で繰り返し本件結納金の返還を求め、被控訴人側がこれに応じなかったため、昭和五三年には福島家庭裁判所に、昭和五四年には浦和家庭裁判所川越支部に、被控訴人を相手方として、本件婚約の解消により本件結納金の返還及び慰藉料の支払を求める調停を申し立て、右後者の調停においては、被控訴人は、円満に解消するため、本件結納金のうち二〇万円は返還してよいと申し出たものの、控訴人はこれに応ぜず、いずれも不調となり、本訴の提起に至ったこと、その結果、被控訴人は、本訴に応訴するため、福島弁護士会所属弁護士鈴木芳喜に対し訴訟の追行を委任し、同弁護士会報酬規程に従って弁護士報酬を支払う旨を約したことを認めることができる。

ところで、右のとおり、控訴人が被控訴人に対して提起した本件訴訟における控訴人の請求は理由がないものであるが、右認定の事実によれば、被控訴人においても、最終的には、本件婚約の解消そのものには同意したものであり、控訴人の父の意向を受けて仲人のした本件結納金を返還しなくともよい旨の申出は控訴人自身の関知しないところであり、控訴人は、自らに本訴において主張する権利があるものと信じて本件訴訟を提起したものと認められるのみならず、本件訴訟を行うについて右権利の実現を図ること以外に格別不当な目的を有するものとは認められず、また、本件訴訟において特に不当な方法、手段を用いて抗争してはいないこと、婚姻予約及び結納をめぐる法律関係については見解の対立もあることを考慮すると、被控訴人に対する本件訴訟の提起が違法なものであるとはいい難いというべきである。

したがって、被控訴人の反訴請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  よって、控訴人の本訴請求及び被控訴人の反訴請求は、いずれも棄却すべきであり、原判決中被控訴人の反訴請求の一部を認容した部分は失当であって、この点に関する本件控訴は理由があるから、原判決中右部分を取り消して、被控訴人の反訴請求を棄却し、控訴人の本訴請求を棄却した部分の原判決は相当であって、この点に関する本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 菊池信男 柴田保幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例